目次へ戻る

 

八ッ場ダムと限界集落と石原都知事

20091021

宇佐美 保

 

 1週間ほど前、テレビ朝日『報道ステーション』に於いて、月尾嘉男氏(東京大学名誉教授)は、次のような例を挙げつつ

“ダムを建設してしまうと、公共事業の連鎖が始まってしまうので問題だ”

と語っておられました。

 

1)ダム底には、どんどん土砂が溜まって行き、土砂排出作業が問題

2)栄養分もダムでせき止められ、下流の魚の生息が困難

3)海岸へも土砂が行かないので、砂浜がやせてゆき、護岸工事の必要となる。

 

(“但し、将来的に農業の自給率を上げる際には、もう一度見直す必要もある”とも話されておられましたが、この件に対しては異論がありますので、後日別文にて記述させて頂きます)

 

 そこで、月尾氏が掲げた「ダム底の土砂」に関してですが、先日、街頭に立たれる『ビッグイシュー』の販売員さん(先の拙文《雑誌「ビッグイシュー日本版」をお勧めします》をご参照下さい)に“在庫のナンバーの中で、販売員さんお勧めの記事が載っている雑誌を下さい”と頼んだところ、“90号(2008.3.1)の「限界集落」の話しなど如何ですか?”とお答えに従って、購入しましたら、大野晃氏(長野大学教授)の御話しなどが掲載されていました。

 

 

 先ず「限界集落」とは?

65歳以上の人口が半数をこえて高齢化が進み、集落としての機能維持が限界に達している集落」と定義されている

 

 

 そして、大野晃氏は、問題は「限界集落」の方々だけではない事を、次のように教えて下さいます。

 

……限界集落の多くが存在するのも山の上の水源集落である。

 そんな水源集落の若者の人口が減り、「限界集落になってくると、社会組織の維持・存続ができなくなります。それがどういう問題を引き起こすかというと田んぼや畑を耕作する人がいなくなつて山の管理をする人がいなくなつてしまう。そして、山そのものがどんどん荒廃していくわけです。山の荒廃は川を汚し、海を汚します。例えば、山の赤土が流れ込んでくれば海が磯枯れ(磯焼け)を起こし、海草や貝類が取れなくなる。それを食べる魚もいなくなる。それに依拠する人間の生活もできなくなる。さらに、山が荒廃すれば保水力はなくなり、夏に日照りが続けば、渇水問題で都市部の生活用水が維持できなくなる。台風や集中豪雨があれば、上流に降った雨が一気に下流へ到達し、それが鉄砲水になって都市水害を引き起こします。都市の住民だとか漁業者の人たちにとっても上流の山の荒廃には無関係でいられない。そういう状況が全国的に出てきているのが現状なのです」

 つまり、限界集落の問題は山村や離島で暮らす人々の生活の問題であると同時に、そうした地域と密接な関係にある都市部の問題でもあるのだ。限界集落の問題を考えることは、都市の限界をも見すえることに他ならない

 

 

 確かに、豪雨や台風の際は、河川の氾濫による被害が主だったと記憶しておりますが、最近では土砂崩れ等、山の保水力低下(それに加えて都市道路等のアスファルト化による保水力低下)が齎(もたら)す災害が多いように感じます。

 

 

 更に、大野氏は次のように話されておられます。

 

「山、川、海はそれぞれ別個に存在するのではなくて、生態系として一つの全体をなしています。ですから川の上流域、中流域、下流域に住むすべての人たちが一緒になり、問題を解決していかなくてはいけないのです。私はそれを『流域共同管理』と呼んで、問題を解決するための指針にしていくべきだと長年言い続けてきました。それぞれの住民が一緒になつて自然環境を管理していくやり方です」

 そうした先駆的な例が、やはり四国地域にある。吉野川上流域では香川や徳島の住民が積極的な植樹運動を高知県の山村で展開してきた。なかでも香川県の取り組みである「どんぐり銀行」は、県とボランティアが中心になり、16年にわたる森づくりを続けている。

もちろんそれは木を植えて「はい終わり」という簡単な話でもない。……

 

 

 そして、大野氏は次のように結ばれておられます。

 

 

 また山村に暮らす人々を「森の守り人」として位置づけ、公的な支援をしていく必要性があるとも大野さんは訴える。それは林業のようなものに限らず、自然公園のようなかたちでもいいだろう。

21世紀はカントリー・ルネサンス(田園再生)の時代です。都会の人たちが山村のごちそうを食べ、まわりの自然を見ながら、ああよかったなと、また都会や職場に戻っていく。そういう自然環境の豊かさというのがますます重要になってきます。採算の合わないものを切り捨てていく経済効率至上主義では、教育的・文化的機能を持っている山の自然は切り捨てられるし、環境保全の重要性も切り捨てられてしまう。だから21世紀はカントリー・ルネサンスの時代だという自覚をもちながら、自然とともに豊かになれるような、そういう地域社会と国を私たちは目指していくべきでしょう

 

 

 この大野氏の見解を無視して、ダムを作ってどうするのでしょうか?

そのダムには月尾氏のご指摘のよう(荒廃した山からの)土砂が溜まって行きます。

(これでは、誰もがおっしゃっているように“ダム”は“ムダ”です。

かつて、田中康夫氏は、長野県知事に就任するや“脱ダム宣言”をされ、
森林の育成に力を入れようとされましたが、
(パックインジャーナルの方々もおっしゃり、私も同感の)
「土建屋による、土建屋の為の政治」に追い出されてしまわれました)

 

 

 ところが、東京新聞(2009.10.1920)には、次のような記事が載っていました。

 

「八ッ場(やんば)ダム(群馬県長野原町)の建設中止に反対する下流域の六都県の知事が十九日、建設予定地を視察した。」

……

石原知事は「ゲリラ豪雨などの異常気象が頻発するようになった環境の中で、将来の災害に対応するためにダムを造ることが絶対に必要」と強調。

 

 

 更に、テレビの画面からは、ヘリコプターに乗り、上空から工事現場を視察した

石原氏の感想“おぞましい風景だった”

(正確な文言は忘れましたが)が流れてきました。

 

 

 確かに新聞などで見る現場の上空写真は「おぞましい風景」です。

しかし、この「おぞましい風景」を改善するのは、剥ぎ取られた緑の木々を戻す事だと私は思うのですが、

石原氏は、これら全てをコンクリートで覆い隠し、
又、ダムという大量の水で覆い隠せば
美しい景色」に戻ると考えておられるようです。

 

 

 こんな輩が、「環境に優しい東京五輪」の旗振りをしたのですから呆れてしまいます。

そして、石原氏の言う「環境五輪」がどのようなものかを『週刊金曜日(2009.9.25号)』に紹介されています。

(全文は、『週刊金曜日』のホームページをお訪ね下さい)

 

……

各国で植樹イベントや講演活動を続けるポール・コールマン氏(国連・ピース・メッセンジャー)は九月に来日し、「見せかせの環境五輪」と指摘する。

「知事は五輪会場の近くに『海の森』を作ると訴える一方で、東京近郊最大の里山『南山』(稲城市)を破壊するニュータウン開発に都税を投入しています。中国政府も北京五輪で環境を掲げていたが、汚染で黒ずむ川を緑色に染め、岩に緑のペンキを塗っていた。里山破壊をしながら新しい森を作る石原知事も中国と瓜二つ」(ポール氏)。……

 

 

 ここで、朝日新聞の「予定地住民アンケート」の記事(20091012日)を抜粋させて頂きます。

 

 

 ダム建設中止への賛否では、「反対」は7割弱、「どちらでもない」が2割強、「賛成」は1割弱だった。

 

 「反対」の理由(自由回答)で目立つのは「ここまで来て中止では、自分たちの苦労が報われない」ダムが完成しないと生活設計が狂う」など。「どちらでもない」では、「生活再建さえしてくれるなら、ダム自体はどちらでもいい」という意見が多かった。賛成の理由は「故郷の姿が守られる」などだった。

 

 

 このような住民の方の反対意見に私は同感できず、「ダム建設中止反対!」の声を上げる気持ちにもなれません。

(地元の温泉組合のホームページも一寸覗かせて頂きましたが、同様な感想を抱きました)

 

 

 しかし、

住民の方の“ダムが完成しないと生活設計が狂う”との反対意見

の背景は、『週刊ポスト(2009.10.16号)』の「八ッ場ダム中止反対住民「背信のゴルフコンペ」」との記事を見ると頷いてしまいます。

 

 

 本誌は八ッ場ダムの山関連工事を受注したゼネコンや地元の業者などが、萩原氏(筆者注:中止反対派の住民で組織する『八ッ場ダム推進吾妻住民協議会』の会長)の誕生日にゴルフコンペを開き、コンペの打ち上げを兼ねて伊香保温泉で開かれた誕生会には、当時の群馬県知事、国交省の八ッ場ダム工事事務所幹部らが出席してダム推進を訴えていた事実を掴んだ。……

 宴会には、小寺前知事と八ッ場工事事務所の所長もお祝いに駆けつけたという。……

 「宴会は萩原さんが上座に座っていた。宴会だけ参加するゼネコン関係者もいたから100人近い。……

 しかも、国交省にとって宴会はただの親睦会ではなかった。本誌はこの席で国交省の工事事務所が地元関係者に配布したという『八ッ場ダム事業に関する最近の状況』(平成17926日付)と題する文書を入手した。

 そこには、(生活再建は行ない八ッ場ダム本体は造らなければ良いという意見は?)という見出しで、

ダムが無ければ湖畔の環境を利用した新たな生活への地域の期待にも対応不能

などと説明している

……

前原大臣は住民に、保証や生活再建事業は計画通り実施し、ダム本体の工事だけを中止すると説明しているが、国交省ら建設推進派は、住民・地権者がそれならいい≠ニ工事中止に賛成しないように、4年も前から手を打っていたわけである。……

 

 

 成る程、成る程、国交省ら建設推進派の謀略だったのか!?と頷いてしまうのです。

 

 

 更に、東京新聞(20091017 夕刊)の記事も抜粋させて頂きます。

 

 

 前原誠司国土交通相が中止を表明している八ッ場ダム(群馬県長野原町)事業をめぐり、国交省関東地方整備局が二〇〇一年四月から〇六年三月に発注した関連工事や業務で、落札額が一億円以上だった入札七十六件のうち六十五件が落札率(予定価格に対する実際の落札価格の比率)94%を超えていることが十七日、国交省がまとめた資料で分かった。99%以上も八件あった。 

 

 公共事業の談合問題を分析、追及している全国市民オンブズマン連絡会議の新海聡事務局長は一般論とした上で「94%以上であれば談合の可能性は極めて高い」と指摘している。

 

 〇八年度の関東地方整備局工事の平均落札率は90・06%

 

 

 これで「国交省ら建設推進派の謀略」の存在は否定できない筈です。

そして、

“ダムの目的は「水を溜める」のではなく、一部の人達の懐に「金を溜める」為なのだ!”

と改めて納得するのです。

 

 

 それに、八ッ場ダム地方の方々には申し訳ありませんが、

日頃から、コンクリートに囲まれて生活している私(私の友人知人たちも)は、
今更、コンクリート製のダムが出来ても、見に行きたいとも思いませんし、
そんなダムの温泉場に心を癒しに行きたいとも思わないのです。

 

 

(勿論、公共事業、公共事業、……と到る所、コンクリートで覆い尽くそうと企む石原慎太郎氏はどうされるかは、私にはとても見当がつきません。

しかし、彼の小説を読む限りでは、自然の風情には無頓着のように御見受けします)

 

 

 そして、出来ます事なら、八ッ場ダム地方の方々にも、先に引用させて頂いた大野氏の思いをご理解頂けたらと願わうのみです。

 
目次へ戻る